2010年03月31日

Tue, Mar 30

  • 10:22  @soleilhn 本山博先生の著作は4冊しか読んでいません。他の3冊は『チャクラの覚醒と解脱』『カルマと再生』『密教ヨーガ』です。いずれも『数の神話』執筆のための研究図書として読みましたので、少し専門的な内容かもしれませんが、テーマにご興味があれば、お薦めです。  [in reply to soleilhn]

  • 10:25  アマゾンの書評の方は存じ上げませんので、ツイッターの件など、残念ながら不明です。RT @soleilhn @Tatsuo_Umemoto それから、アマゾンで本山博氏の著作のほとんどについて書評を書いている「さむそん」さんは、ツイッターをやっているでしょうか?

  • 11:34  異なる視点・論点を客観的にデータに基づいて整理する「比較メディア機能」が望まれます。RT @pyanko_now ネットの中にも、そういう場が欲しい。投票する、しないというより、その判断をするための情報が流れてこない RT @Tatsuo_Umemoto 適切な「場」が設定されれ

  • 11:53  Mon, Mar 29 | http://tatsuo-umemoto.seesaa.net/article/145108469.html

  • 15:32  RT @soleilhn さん、梶尾先生からのツイートです。@NaokiKashio @Tatsuo_Umemoto本山博『ヨガと超心理』『カルマと再生』『場所的個としての覚者』の順番で読んだらいいと思いますよ。三冊目は本山神学の中核になります。ご参考まで。

  • 22:29  野田智義・金井壽宏共著『リーダーシップの旅』に、「場」とは独特の「匂い」を伴った空間である、という意味の指摘が出てくる(P217)。その「匂い」は、「場」に堆積する歴史から生じる、という。歴史の堆積から「ストーリー・テリング」が生まれ、それが「場」の「匂い」を形成する。

  • 22:36  『リーダーシップの旅』の「場」の指摘は、地理的に固定した場所で、建物などの構築物と一体化したものとして描写されている。一方で、「場」を地理的制約から解放し、ある目的や意図をもって人々が集合するバーチャルな広場とみなすこともできるかもしれない。

  • 22:36  そのようなバーチャルな「場」で、研究、討議、プロジェクト推進、相互支援、社交、コミュニケーションをする前提条件は、五感を通して「場」の雰囲気を活き活きと把握できることではないか。「匂い」「味わい」「光や色の見え方」「空気の流れ、温度や湿度」「音の大きさや質、響き」。

  • 22:36  「場」が「場」となる理由は、そこが全人格的に参加するに値するポジティブな感覚や、前向きさ、参加者たちと協力的に行動したい、と感じさせるエネルギーが流れていること。そこに行くことで、自分の潜在的な可能性が開かれ、成長し、より十全な存在へと開花する実感をもてること。

  • 22:38  「場」の理念的な姿は、【ひとりでは創造することのできない「大きな物語」に主体的に参加し、ストーリー・テリングを協同して行い、自己の潜在的創造力を社会イノベーションのために活かす、特定の人々によって共有された時空】ではないか。素朴な感覚だが、そのように感じる。


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2010年03月30日

Mon, Mar 29

  • 06:25  Sun, Mar 28 | http://tatsuo-umemoto.seesaa.net/article/144961977.html

  • 22:30  慶應義塾大学の曽根教授から「デリバレイティブ・ポーリング(DP)」の概念、アプローチ、藤沢市での適応事例などをお教えいただいた。大変に興味深く、大いに勉強になった。

  • 22:31  DPはアメリカ発だが、日本でより応用的な事例が作り出される可能性も出てきているようだ。日本語の「場」という言葉は、英語で一言で表現する単語がないそうだ。ここに、ひとつのヒントがあるように感じられる。

  • 22:32  適切な「場」が設定されれば、日本人はさまざまな政策的なテーマに、主体的に思慮深く関与できるように思う。DPは、「場」づくりの有効なツール・実践的な方法論となるのではないか。

  • 22:35  「場」とは、単なる物理的な「場所Field」ではなく、むしろ人間関係を形成する無意識的な動機が、現実の要請や嗜好を満たすために意識化され、具象化したものではないか。固定化していない、ゆるやかな「社会関係資本Social Capital」といえるかもしれない。


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2010年03月29日

Sun, Mar 28

  • 06:35  Sat, Mar 27 | http://tatsuo-umemoto.seesaa.net/article/144863407.html

  • 21:28  進化していく宇宙の在り方に通じているのかもしれません。RT @pyanko_now 現在の宇宙論のイメージに繋がる所もありますね! RT @Tatsuo_Umemoto 「死」という断絶を体験することで、「過去」が神話の種子となり、やがてそこから新しい世界が芽吹く。気づくと、馥郁

  • 21:31  エニアグラムでは、性格は「本質Essence」の歪み、固着と捉えます。RT @soleilhn なるほど。逆向きに考えればいいのですね。 RT @Tatsuo_Umemoto: 逆に言えば自分の性格と思い込んでいる姿は、自我の固定化した思考パターンであり、ほどくことが可能。

  • 21:42  「フェラーリは「私の思考」?面白い!RT @Timizu フェラーリを洗車していますか。それは本当でしょうか?その考えが本当であると、絶対言い切れますか? これを見て下さい:http://www.buzzmashr.com/tag/cleaning-ferrari/

  • 21:50  同感です。「受け止めること」「待つこと」の大切さにも通じる、と感じます。RT @yoshikotak 「発信」することの意味(発信よりも体験を!) http://ameblo.jp/yoshikotak/entry-10492201260.html

  • 21:58  義父の一周忌の法事。義母の心のケアをずっとしてきた妻にとっても長い一年だった。ふたりとも本当にお疲れ様。亡き人が、皆を引き合わせてくれる。命のつながり、縁の不思議。そして今年もまた、桜が満開となる季節を迎える。

  • 22:09  昨日まで、神話の英雄の「通過儀礼」を叙述していて、物語において何かが成就していく瞬間を描いていた。これは自然にそのような流れとなったもの。実際の自分の「通過儀礼」の感覚は、依然として闇の中に停滞していたのだが。

  • 22:09  ところが、神話の語りに促されるように、今朝になって何かが微かに変化しているのを感じた。「通過儀礼」を突破していく可能性となるものの萌芽を、はじめて発見できたような感覚。まだ小さく、まことに頼りなく、茫洋としている。それでも、闇の中にはじめて微かな光明を見る思いだ。

  • 22:11  神話の英雄の叙述と、現実の生活の感覚が、時に時間差をもって絡み合い、また突然に同期し共鳴する。そういうことは、確かにある。プロセス指向心理学の泰斗、アーノルド・ミンデルが「ドリーミング」と呼ぶ精妙な生命感覚もまた、このような神話性と通じているのか、とふと思う。

  • 22:32  「個性的なもの」が、「思考」「感情」「行動」の固定化したパターンならYesです。「本質」は喩えて言えば、「枠のない意識」「無条件につながる生命」「無限の多様性と創造性」。RT @soleilhn つまり、「本質Essence」にはもう、個性的なものは残っていないということですね。


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2010年03月28日

Sat, Mar 27

  • 06:26  Fri, Mar 26 | http://tatsuo-umemoto.seesaa.net/article/144783844.html

  • 09:59  英語と日本語の往来がこれほど瞬時にできることは驚きです。RT @philjoy 本当にこのお二人の表現はすばらしいですね。RT @AkioShimogoori 時空の凝縮の妙RT @Tatsuo_Umemoto: @dengary 「すべての詩は語るが、俳句や短歌は、森羅万象をし

  • 10:02  +神話・詩・心理学などRT @Link_Lelouch 思想・哲学系が好きな方、フォロー!つぶやきが好きですw ⇒ RT @Tatsuo_Umemoto 人生には、今までの自分が死ぬことで、初めて通り抜けられる段階がある。死して通り抜け、再生する、厳粛なプロセスが「通過儀礼」。

  • 10:21  逆に言えば自分の性格と思い込んでいる姿は、自我の固定化した思考パターンであり、ほどくことが可能。RT @kazmura 思考に(略)言葉に(略)行動に気をつけなさい(略)。習慣に気をつけなさいそれはいつか性格になるから。性格に気をつけなさいそれはいつか運命になるから(Mテレサ)

  • 22:08  「通過儀礼」のある局面で、猥雑で多忙を極めていた時間感覚が純化され、「過去」は神話の種子に変容する。それは、新しい世界が誕生する予兆。

  • 22:09  「死」という断絶を体験することで、「過去」が神話の種子となり、やがてそこから新しい世界が芽吹く。気づくと、馥郁とした世界が眼前に展開している。真の「現在」が開花している。

  • 22:11  時間を純化した英雄は「再生」し、断絶した「過去」を「現在」とひとつにする真正な存在となる。英雄は、真の「現在」を取り戻すことで、夢見てきた「未来」を実現し始める。


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2010年03月27日

Fri, Mar 26

  • 06:25  Thu, Mar 25 | http://tatsuo-umemoto.seesaa.net/article/144662323.html

  • 14:21  知的興奮を与えてくれる本だと思います。RT @soleilhn 今日、図書館で借りて来ました。早速読んでみます。 RT @Tatsuo_Umemoto 人間の「社会的本能」の豊穣さを知る1冊。RT @who_me 『社交する人間』山崎正和(中公文庫)

  • 14:29  同志あらわる!RT @pyanko_now 私もたぶん「通過儀礼」中 RT @Tatsuo_Umemoto 「通過儀礼」は、「現在」と思い込んでいたことを「過去」にする。“これが自分である”と思っていた時間感覚、空間的位置、諸々の関係性は、「通過儀礼」の体験によって溶解する。

  • 15:09  宇宙的生命の円環RT @inainaba環構造で大事なのは、環(輪)になって手をつなぐこと。一つでもつながらないと、輪にならない。もし手が離れて輪構造から逸脱しても、さらに大きい輪構造をつくってつながればいい。 なるべく、自分の狭い業界だけの輪で閉じないように、大きい輪をつくる。

  • 15:27  @philjoy @dengary 「すべての詩は語るが、俳句や短歌は、森羅万象をして自ら語らしめることで、その声なき声を聴く」、と受け止めました。自然の精妙な感覚と共に生きる日本文化の精髄に触れる思いです。  [in reply to philjoy]

  • 15:51  脱皮。または古層を包摂する新層への進化・・・RT @ywakabayashi さなぎ、脱皮?RT @Tatsuo_Umemoto: 「通過儀礼」は「現在」と思い込んでいたことを「過去」にする。“これが自分である”と思っていた時間感覚、空間的位置、諸々の関係性は「通過儀礼」の体験に

  • 22:34  「通過儀礼」によって、「現在」が「過去」となり、“これが自分である”と確信していた自己感覚と断絶する。それは英雄の「死」を意味する。

  • 22:34  人生には、今までの自分が死ぬことで、初めて通り抜けられる段階がある。死して通り抜け、再生する、厳粛なプロセスが「通過儀礼」。

  • 22:35  「死」という断絶を体験することで、「現在」と実感していた時間感覚は、遥か彼方の「過去」に縮退していく。


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2010年03月26日

Thu, Mar 25

  • 06:25  Wed, Mar 24 | http://tatsuo-umemoto.seesaa.net/article/144569197.html

  • 11:11  ビジネスの執行者は常に客観を担保する必要があると思います。ファミリービジネスの「3サークルモデル」を見れば、このことが特に重要かつ有効と納得。RT @FamilyBiz_Takei 社外取締役の活かし方 http://bit.ly/bbbUlb

  • 22:08  「通過儀礼(出産、命名、成人、結婚、埋葬などの各種儀礼)は、形式を踏まえながら通常きわめて厳粛な(過去との)断絶行為により特色づけられる。」(ジョーゼフ・キャンベル著『千の顔をもつ英雄』上巻P23)

  • 22:09  「通過儀礼」は、「現在」と思い込んでいたことを「過去」にする。“これが自分である”と思っていた時間感覚、空間的位置、諸々の関係性は、「通過儀礼」の体験によって溶解する。

  • 22:10  神話の英雄は、「通過儀礼」によって、固着していた時間感覚から脱皮する。そのことで、「現在」と思い込んでいることが、既に「過去」であったことを知る。


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2010年03月25日

Wed, Mar 24

  • 07:58  Tue, Mar 23 | http://tatsuo-umemoto.seesaa.net/article/144470694.html

  • 21:54  同感です。何かにつながる、という感覚。RT @pyanko_now 直感を信じて行動したとき、上手くいくことが多いような気がする RT @Tatsuo_Umemoto 「見えないものを見る」ことは、ただの幻視なのか、それとも、来るべき世界のビジョンを目撃している状態なのか。

  • 22:02  @philjoy 亀井勝一郎と親鸞の関係をお教えいただき、ありがとうございます。「永遠のまなざし」はどこからともなく浮かんできた言葉だったのですが、「永遠の凝視」という表現に接し、驚いています。何か一途で深いものを実感させられました。

  • 22:30  ジョーゼフ・キャンベルの言葉「至福に従えFollow your bliss」。至福に従っていれば、「ほんもの」を忘れることはない。至福でないことは、「にせもの」。

  • 22:30  いわゆる神秘体験は、至福そのものとなること。そのとき人は、「にせもの」ですらが、普遍の価値を有し、「ほんもの」のひとつの姿、本質の顕現であることを知る。

  • 22:31  繊細さの質を恐れなければ、この傷つきやすく無防備な感覚そのものが、「ほんもの」への旅を支え導いてくれる。


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2010年03月24日

Tue, Mar 23

  • 11:50  Mon, Mar 22 | http://tatsuo-umemoto.seesaa.net/article/144402196.html

  • 22:00  神話的世界観から見ると、「無」とは世界の中心であり、「無限」(「空」)とは世界の遍在です。「無限」は円環によって表わされます。そして円環の中心に「無」が眠っています。

  • 22:00  「無」と「無限」(「空」)の両極を往来する内に、英雄は、「見えないものを見る」ようになります。それは、「目撃者」の「永遠のまなざし」。

  • 22:01  「見えないものを見る」ためには、目撃者」の「永遠のまなざし」を共有する必要があります。

  • 22:01  しかし、「見えないものを見る」ことは、万人が等しくすることではなく、そのようなものは、しばしば価値のないもの、あるいは、初めから存在しないものとみなされます。

  • 22:01  「見えないものを見る」ことは、ただの幻視なのか、それとも、来るべき世界のビジョンを目撃している状態なのか。その答はどこにあるのでしょうか。

  • 22:02  英雄が、「通過儀礼」を無事に成就したとき、混迷と謎に満ちた問い掛けに「光」がもたらされ、「闇」に隠れていた答が姿を現すのでしょうか。宝物を探求する英雄の旅は、今この瞬間も、螺旋状に進んでいます。


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2010年03月23日

Mon, Mar 22

  • 10:55  Sun, Mar 21 | http://tatsuo-umemoto.seesaa.net/article/144312354.html

  • 21:58  そのときに客観情勢や心の状態によって、読む本と読み取る内容が変わる。ISLの野田さんに昨年の秋にお会いしたあと、『リーダーシップの旅』(野田智義・金井壽宏共著:光文社新書)を購入。しかし、気になりながら、読まずに置いてあった。

  • 21:59  ここにきて、自分が「通過儀礼」に遭遇していると実感するようになって、『リーダーシップの旅』を手に取ったところ、今読む必要のある本だとわかった。「−見えないものを見る−」という副題の含意が、身体感覚として伝わってくるではないか。

  • 22:10  「人は旅の一歩を踏み出した後でも、迷ったり、怖くなったりする。進んでいく方向に途中で自信をもてなくなることもある。沼地は、それほど冷たく、深く、そして暗い。最初から確信をもって旅を貫徹できる人間などいない。」(『リーダーシップの旅』P202)

  • 22:10  (続き)「だけど、歯をくいしばって、または勇気を振り絞って歩き続ける。歩み続ける中で、この道が正しかったのだという確信をつかんでいく。」(『リーダーシップの旅』P202)…本当に神話の旅は螺旋状に進む。「見えないものを見る」ようになっても、迷い、苦しみ、一筋縄では行かない。

  • 22:11  それでも、「見えないものを見る」という根源的な感覚は、やむことがない。「行為者」たる英雄が、旅をあきらめて、後戻りしようかと逡巡するときも、「目撃者」は、「変わるもの」と「変わらないもの」の両方を同時に見つめている。それは、透明で静謐な、そして、暖かく包み込むような視線。


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2010年03月22日

Sun, Mar 21

  • 06:33  Sat, Mar 20 | http://tatsuo-umemoto.seesaa.net/article/144211978.html

  • 14:57  宝探しの旅に出た英雄が、「悪魔」(障害)と対峙する、というワークです。@sawa3 興味深いです。神話学ワーク RT @Tatsuo_Umemoto: 昨日、親しい友人に現状を共有しアドバイスを求めたところ、NLPとキャンベルの神話学を応用したワークをその場でしてくれた。これがた

  • 15:00  素晴らしい句をありがとうございます。本当にそうですね、人間であるということは、そういうことなのかと、しみじみ実感します。RT @philjoy 〇相共に触媒である有り難し

  • 15:09  暖かい励ましのお言葉、心に沁みます。ありがとうございます。模索の段階の次に来るものが少し見えてきました。RT @AkioShimogoori 『数の神話』と現代との融合、社会への寄与への試み、心より応援いたします。

  • 15:16  縄文土笛を拝聴しました。心臓に直接響く深く遠い音です。RT @tourijp縄文土笛の音「12種」縄文土笛(丸山陶李・作)、12種類の縄文笛の音を収録してみました。すべて1指穴の笛です。 http://www.youtube.com/watch?v=kWTAkJYUFU4

  • 15:32  神話のワークで、特に印象に残ったこが2つある。ひとつは、光り輝く「星」のシンボルで表わされる宝物が大きいほど、「悪魔」(障害)も大きくなる、と指摘されたこと。これは、ビジョンが明確になり、より輝きはじめている証ということであり、勇気を奮い立たせる言葉だ。

  • 15:32  2つ目は、「悪魔」を避けず、正面から退治できたとき、「悪魔」は英雄の旅を支え導く「天使」に変容する、ということ。これこそ、自我が見ている限定された主観的現実を超える視点であり、神話的世界観が示す洞察の深さだと感じる。表層の姿の奥に隠れている真実を発見するチャンス。


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