2010年02月28日

Sat, Feb 27

  • 06:25  Fri, Feb 26 | http://tatsuo-umemoto.seesaa.net/article/142266742.html

  • 18:47  「火」の基本機能は、物質と非物質を「結合」することです。さらに「火」は、非物質を物質に「変換」し、物質を非物質に「変換」します。このように「火」とは、物質と非物質を結合し変換する「媒体」の機能なのです。「天」と「地」を往来する「人」の生命を象徴する神話的エネルギーが「火」。

  • 18:48  「火」は、完全な非物質の象徴である「光」を物象化したエネルギーです。この性質によって、「火」は、「媒体」としての機能にゆがみを生じます。物質と非物質の「対称性」を保つという本来の機能から逸脱し、常に、物質の方向に傾斜していこうとします。


Powered by twtr2src.
posted by Tats at 08:12| Comment(0) | TrackBack(0) | Twitter | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月27日

Fri, Feb 26

  • 06:22  Thu, Feb 25 | http://tatsuo-umemoto.seesaa.net/article/142172756.html

  • 15:41  昨日、高校時代の友人と食事。社会と自由についての話題。「自由とは社会が許容する範囲で自分の思いや創造性を発揮できる状況。許容されないことは自分勝手。」「社会の許容度が低くなると、自由の良さとして称揚されていたことが、我儘で勝手なことと非難されるようになる。」

  • 15:42  この友人は海外勤務が長く、帰国子女の息子さんが授業中に先生によく質問をすることが問題となったそうだ。「疑問を解消し、よく学びたいという気持ちの表れなのではないですか?」と友人。「授業がスムーズに進まず、他の生徒の迷惑になります」と先生。

  • 15:42  私自身、幼少時に外国で暮らした。場所は今オリンピックで盛り上がっているバンクーバー。帰国子女という言葉もなかったが、日本社会に順応するにはそれなりの苦労があったように思う。特に集団行動が前提となっていることに驚いた。個性や差異の追求と、チームでの協調性。

  • 15:43  北米的な「社会と自由」と、日本的な「社会と自由」。異なった社会には異なった規範や文化がある。その違いを体験することはとても貴重なこと。どちらが良い、ではない。互いに学び合う心があれば、より大きな枠組みの社会を創造できる。それは閉塞を打破する、より大きな物語の創造。

  • 21:50  「分裂」の方向のエネルギーは、「根源的恐れ」とつながっています。しかしそのときも、「統合」の方向のエネルギーが「根源的信頼」をもたらしています。この「恐れ」と「信頼」の関係は、常にいずれかが強くなるため、3つのセンターは、「分裂」と「統合」の両方向に三項流転します。

  • 21:50  「恐れ」と「信頼」がもたらす「分裂」と「統合」の運動が、「3」で発生する理由。それは物質と非物質という正反対の性質が、「3」で互いを発見するからです。物質(「地」)と非物質(「天」)は、「人」を介して出会います。「3」とは、そのような神話的邂逅の場なのです。

  • 22:07  @Link_Lelouch 「根源的恐れBasic Fear」とは、一番最初に出てくる基本の恐れ、という意味です。恐れが生じる原点と言ってもよいと思います。この最初の「恐れ」が生じる地点に立ち戻れば、そこが「統合」への入口となります。

  • 22:28  @Link_Lelouch そうですね。自分の性格タイプが分かれば、「根源的恐れ」が何かはわかりますが、マニュアル的な答ではあまり意味がないかもしれません。真摯に自己探求していくことで、本当の答に導かれていくのではないでしょうか。


Powered by twtr2src.
posted by Tats at 06:25| Comment(0) | TrackBack(0) | Twitter | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月26日

Thu, Feb 25

  • 01:23  Tue, Feb 23 | http://tatsuo-umemoto.seesaa.net/article/142057046.html

  • 06:22  Wed, Feb 24 | http://tatsuo-umemoto.seesaa.net/article/142083295.html

  • 11:55  「3」を象徴するエネルギーは「火」です。「火」は五大元素(地、水、火、風、空)の中心(3番目)にあり、「天」(「空」)と「地」を往来する生命的エネルギーの源です。「火」は「空」を満たす「光」の物象。眼に見え、身体の内側から湧き上がる根源的な活力。物質と非物質をむすぶ生命の脈動。

  • 11:56  生命の根源的な活力である「火」は、3つのセンターに「分裂と統合」の運動をもたらします。「火」が静かに調和的に燃えるとき、3つのセンターは「統合」の方向に動いています。「火」の勢いが乱れ不安定になると、3つのセンターは「分裂」の方向に傾いていきます。


Powered by twtr2src.
posted by Tats at 06:22| Comment(0) | TrackBack(0) | Twitter | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月25日

Wed, Feb 24

  • 22:21  ネルソン・マンデラは白人国家への反逆罪で27年半獄中にいた。『インビクタス』では実際の独房が登場する。本当に小さな部屋。マンデラは大統領就任式に、そのときの看守も招待した。「彼は赦すこと、仲直りすることに意義を見つけたんだよ。そんな人間は滅多にいない。」(イーストウッド監督)

  • 22:24  神話の基本作用は「聖」と「俗」の往来、「分裂」と「統合」を繰り返すプロセス。「聖」は「1なるもの」、「俗」は「多なるもの」。「1なるもの」が「多なるもの」に「分裂」し、世界は多様性で満たされます。多様性が「統合」の方向に動くと、「俗」の内側から「聖」を象徴する「光」が顕われます。

  • 22:25  「聖」と「俗」の往来が可能なのは、それが「光」と「影」の関係だからです。「聖」は、完全なる「光」。一方の「俗」は、「光」のグラデーション。象徴的に言えば、「光」は9つの「色」に分かれ、9段階の「明度」に変化します。「俗」は、「色」と「影」の濃淡で表現された世界、変幻する「光」。

  • 22:26  空海が室戸岬で虚空蔵求聞持法を唱えていたときに、明けの明星が口中に飛び込んできた故事。それは「光」の最も直接的な体験。「直観」は「光」の洞察。「直感」は「光」の体感。「共鳴」は「光」の振動。「光」はひとつひとつの細胞で明滅する宝珠となり、宇宙との全一を洞察。開眼の瞬間。


Powered by twtr2src.
posted by Tats at 06:22| Comment(0) | TrackBack(0) | Twitter | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Tue, Feb 23

  • 09:58  @pyanko_now 3つのセンターのバランスが取れると、心身ともに活性化されるのだと思います。「分裂」の方向にあると、頭脳活動と体の感覚がばらばらになりがちですが、「統合」の方向に動くと、頭と体がつながり、調和的になります。  [in reply to pyanko_now]

  • 10:33  同感です。RT @pyanko_now pyanko_now @Tatsuo_Umemoto ヒトって、ものすごい可能性を秘めた存在なんだなって思いました(^^)

  • 15:01  Mon, Feb 22 | http://tatsuo-umemoto.seesaa.net/article/142001627.html

  • 19:09  「直観」は、宇宙とつながる知性の眼で観る世界であり、「上」から降りてきます。「直感」は、大地とつながる肉体のセンサーで感じ取る世界であり、「下」から昇ってきます。「直観」は、宇宙の「導き」を受け取る感覚。「直感」は、大地の「意志」とひとつになる感覚。

  • 19:10  「直観」は、より非物質的な情報、知識、叡智として間接的に表現されるものです。それに対して、「直感」は、より物質的なエネルギー、運動、力として直接的に表現されるものです。言い換えれば、「直観」は「目撃者」の資質であり、「直感」は「行為者」の資質です。

  • 19:12  「直観」の情報と「直感」のエネルギーは、感情センターで出会い、「共鳴」の波動となって広がります。「直観」は、宇宙の「導き」を得る感覚。「直感」は、大地の「意志」とつながる感覚。そして「共鳴」は、宇宙と大地をむすぶ大きな生命の「支え」を得ている感覚。それは「媒体」の資質。

  • 21:33  ここ数日で見た映画。「ラブリーボーン」に涙し「インビクタス」に快哉を叫んだ。映画で表現できる世界の豊かさにあらためて感銘を受ける。犯罪や差別が生む深い闇。その深奥で決して消えることのない光。苦しみを受けた者が、憎しみや復讐心を手放し、赦す。寛容と受容の先に、確かに希望の光を見た。


Powered by twtr2src.
posted by Tats at 01:23| Comment(0) | TrackBack(0) | Twitter | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月23日

Mon, Feb 22

  • 06:21  Sun, Feb 21 | http://tatsuo-umemoto.seesaa.net/article/141857814.html

  • 18:36  【思考センターと本能センターの対称性】が回復すると、「善」と「悪」の「二項対立」は解消します。そして「善」は「聖」との「対称性」を回復します。それは「聖」と「俗」の関係性の本質。「俗」とは「善」が見せる多様な姿。人が「悪」と呼ぶものは、「善」が聖性を忘却し苦しむ姿。

  • 18:37  【思考センターと本能センターの対称性】が回復すると、頭で理解したことは、身体知として活かされ、身体の無意識的な感覚は、簡潔明晰に言語化・概念化されます。これが、思考センターの「直観Intuition」と本能センターの「直感Sixth Sense」の「対称性」です。


Powered by twtr2src.
posted by Tats at 15:01| Comment(0) | TrackBack(0) | Twitter | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月22日

Sun, Feb 21

  • 06:23  Sat, Feb 20 | http://tatsuo-umemoto.seesaa.net/article/141757656.html

  • 10:07  @altemis_7 重要なご指摘です。「善と悪」の関係は現象界における現実の姿です。それは「相対」の関係であり、互いを生成し合っています。神話的思考は、「相対」の源にあるものを探求します。プラトンはそれをイデアと呼びました。以下、イデアとしての「善」についての若干の考察です。

  • 10:07  【補説1/1】「相対」の源にあるものに、どのような名前を与え、どのように描写するかは、歴史・文化・地域の風土や環境によって異なりますが、ここではイデアと呼ぶことにします。プラトンは、イデアを「善」なるもの、ととらえました。それは「善と悪」に相対化される以前の、絶対の「善」。

  • 10:08  【補説2/1】「善と悪」の元に、「快と不快」の生理的感覚があります。私たちは、「不快」な状態を体験することで「快」を自覚するのか、それとも一切「不快」を体験しない状態でも「快」を実感していられるのか。実感したとしても、それを「快」と理解することができるのか。

  • 10:08  【補説3/1】この問いの答は、「快と不快」に相対化される以前の感覚、存在していることの絶対的な感覚がどのようなものか、その実感によって変わるかもしれません。神話的思考を探求してきた神話学者のジョーゼフ・キャンベルは、それは「至福Bliss」である、と言いました。

  • 10:09  【補説4/1】「至福」は、「不快」な状態でも、実感されている精妙な波動。「相対」を生み出す「絶対」の源から溢れてくる生命の実感。これが神話的思考の捉え方です。この観点から見ると、「悪」は「善」のイデアに影がさし、イデアからの距離が遠くなった状態といえます。

  • 10:10  【補説5/5】「悪」は、「善」がイデアから遠のき、苦しんでいる状態、という捉え方。親鸞の悪人正機説、「善人なおもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」。これをどのように解釈するか。どれほど苦しみ、時間がかかっても、いつか回帰していく絶対の「善」。なぜならそれが本来の姿だから。


Powered by twtr2src.
posted by Tats at 06:21| Comment(0) | TrackBack(0) | Twitter | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月21日

Sat, Feb 20

  • 06:22  Fri, Feb 19 | http://tatsuo-umemoto.seesaa.net/article/141650587.html

  • 18:22  娘が買ってきたCD『ジブリIn The Mix』を聴いている。どんなアレンジでも、曲の源から溢れ出る命は同じ。せつなく、郷愁を誘い、そして、ほのかな希望へ。

  • 18:36  肉体のひとつひとつの細胞に宿る知性は、真の意味での「知のネットワーク」です。細胞レベルの知性は、肉体の中に限定されていません。知性の本質は、宇宙に開かれています。細胞レベルの知性は、宇宙をあまねく満たす「光」の本質と直につながっています。

  • 18:37  思考センターとは、宇宙規模の「知のネットワーク」(マクロコスモス)が、頭脳という肉体の中に集積して機能する場(ミクロコスモス)と言い換えられます。それゆえに、「統合」された思考センターに与えられる「導き」の感覚は、肉体のひとつひとつの細胞と共鳴し合っているのです。

  • 18:37  このような知性の重層構造(=マクロコスモスとミクロコスモスを往来する「知のネットワーク」)によって、【思考センターと本能センターの対称性】が回復します。その結果、本能センターは、“あらゆる選択肢がある”という思考センターの「導き」の感覚に呼応し、“自分は正しい”と確信します。

  • 18:38  “あらゆる選択肢がある”という思考センターの「導き」の感覚は、本能センターに、生命の無限の可能性を確信させます。それが“自分は正しい”という確信へとつながります。そして、“自分は正しい”という感覚が、自己を超えた生命的確信となるとき、存在することは「善」であると知ります。


Powered by twtr2src.
posted by Tats at 06:23| Comment(0) | TrackBack(0) | Twitter | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月20日

Fri, Feb 19

  • 06:22  Thu, Feb 18 | http://tatsuo-umemoto.seesaa.net/article/141569849.html

  • 19:05  恩師から連絡があり、「討議型意識調査(DP)」の話を伺った。無作為抽出された市民が、特定の政策テーマについて、相対する立場にある専門化と討議を重ねて、考えや意見を進化させていく手法。通常の世論調査の浅さや偏り、振れを是正し、成熟した議論に基づく世論形成が期待できそうだ。

  • 19:53  4行日記は「事実→発見→教訓→宣言」の4行を1サイクルとする。http://www.zazaza.org/diary01.htmlこれを「事実の探索→課題の発見→仮説の構築→仮説の検証・進化」の仕事の回し方と重ねると、主観と客観の両面を併せ持つプロセスワークとなるかもしれない。

  • 19:54  本能センターは、ものごとを「有用」か「無用」かの二者択一で判断しようとします。その背景には、生理的な「快と不快」の感覚があります。そして「不快」な体験が強まると、「有用」と「無用」の判断軸は、「有用」と「有害」という正反対の価値判断へと姿を変えます。

  • 19:57  本能センターは、生存し続け、より良い状態へと移行できる環境を望みます。この二項的な判断軸で、「有用」な状態は「善」であり、逆に「有害」な状況は「悪」とみなされます。しかし、「善」と「悪」を峻別する「二項対立」は、利己心を際立たせ、結果として「生命の全体性」から切り離されます。

  • 20:01  生存の危機を感じ(「恐れ」)、「分裂」の方向に動いていた本能センターが、「生命の全体性」への「信頼」を取り戻し、「統合」の方向に復帰するきっかけとなるもの。それは、肉体のひとつひとつの細胞に宿る知性の目覚めです。それは、身体知が、真の意味での本能の力となる瞬間です。


Powered by twtr2src.
posted by Tats at 06:22| Comment(0) | TrackBack(0) | Twitter | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月19日

Thu, Feb 18

  • 06:22  Wed, Feb 17 | http://tatsuo-umemoto.seesaa.net/article/141483072.html

  • 11:16  @sawa3 「次だ、ニッポンプロジェクト」のご紹介ありがとうございます。興味深い内容です。質問欄がありましたので、さっそくパネラーの米倉先生宛に一筆送信。「日本は思想を輸入してきたが、これからは日本の発想法で加工され独自の付加価値をもつ思想を輸出する時代ではないか?」

  • 12:17  @sawa3 こちらこそ、ありがとうございます。何かを具体的に試みることは大切ですね。会を楽しみにしています。よろしくお願いします。  [in reply to sawa3]

  • 14:35  この「かろみ」が良。RT @FamilyBiz_Takei FamilyBiz_Takei 久しぶりの同窓会。卒業31年目。定石どおり「体の不具合」で始まり、「近頃の若い者」で締める。美しいバターン。ある寺には400年前の落書き、「近頃の若い者は…」があるそうだ。

  • 18:16  「四行日記」初めて知りましたが、役立つ可能性あり。RT @pyanko_now 「四行日記」いいですね!やってみようかな。でも続けられるかな RT @FamilyBiz_Takei: 後継者の成長に役立つツール http://bit.ly/cUQ1WD

  • 19:37  【補説1/8】「対立」と「対称性」の違いについて。いずれも「2」のテーマです。「1なるもの」が2つに「分裂」することで、世界は多様性を表現します。「2」は最初の分裂であるため、「1」が対極の2つの姿に分かれます。これが「二項対立」です。「天と地」「男と女」は「2」の典型のテーマ。

  • 19:37  【補説2/8】「二項対立」は、「分裂」の方向性に動いている状態ですので、相手と自分は別のものであり、分断されています。これが「対立」の意味です。しかし、2つの対立項は、本来、「1なるもの」の顕われです。その本質を取り戻す状態が、「対称性」です。

  • 19:38  【補説3/8】「対立」が「分裂」の方向に動いている状態であるのに対して、「対称性」は「統合」の方向へ向かう状態です。2つの姿に分かれているものは、相手を通して自己の本質と出会います。二項が、本質を映し出し合う「鏡」となる状態が「対称性」です。

  • 19:39  【補説4/8】「対立」していたものが、「対称性」に移行するためには、二項が互いを自在に往来できるようになる必要があります。「男と女」であれば、互いの中の女性性と男性性に目覚めることで、「対称性」に回帰できます。しかし、たとえば「全知と無知」では、このことが困難となります。

  • 19:40  【補説5/8】「全知」は「1なるもの」の性質そのものであり、「無知」は「1」の完全な忘却ですから、この「二項対立」は究極であり、文字通り分断されています。そこで、「対称性」に回帰するためには「ゆらぎ」が必要になります。「無知」に「ゆらぎ」が与えられると「未知」に目覚めます。

  • 19:41  【補説6/8】「未知」は、「全知」と依然として分断されていますが、「ゆらぎ」の関係にあり、「全知」に近づいていく可能性を持っています。「未知」は「全知」に対する純粋な憧憬を動機としており、探求する心だからです。これが「対称性」という「統合」された方向への動きを創造します。

  • 19:42  【補説7/8】3つのセンターのテーマで、「2」の「対立」や「対称性」が鍵となる理由。それは、2つのセンター同士の「対立」によって、「分裂」の方向への「三項流転」が生じ、逆に、2つのセンター同士の「対称性」によって、「統合」の方向への「三項流転」に回帰するからです。

  • 19:46  【補説8/8】「対称性」に回帰する鍵は、「二項対立」を映す「鏡」が限定も歪みも曇りもなく、二項の在りのまま姿を映す「媒体」となることです。「媒体」とは、「3の神話」を象徴する機能であり、姿です。「2」の主要テーマの「対立」と「対称性」は、「3」でダイナミックな物語となるのです。


Powered by twtr2src.
posted by Tats at 06:22| Comment(0) | TrackBack(0) | Twitter | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。